プロデューサーSIDE>>
「今日は、何だかエラい目に遭ったな……」
自宅へ向かう道すがら、俺は雪がちらつく空を見上げて溜息をついた。
「ふふ。大変でしたね、プロデューサー」
と、千早が隣で小さく笑う。
「笑い事じゃなかったんだぜ。アイツら、ここぞとばかりに豆ぶつけてきやがって」
アイツら、というのは、主に亜美真美、伊織、美希といった事務所の年少組である。
今日は節分だから、豆まきをしようではないか――という社長の掛け声で始まった豆まきは、開始から五分と経たぬうちにカオスの様相を呈しはじめた。
鬼のお面を付けたプロデューサーやスタッフが、アイドルから「鬼は外ー!」と豆をぶつけられる。まぁ、それだけなら、想定の範囲内である。
だが、床に撒き散らされた豆に足を取られて、春香が転倒。それに担当Pが巻き込まれるという二次被害が発生したところで、やよいを除く年少組に変なスイッチが入ってしまったらしく、豆まきというか豆ぶつけと言った方がよいような状況に陥り、俺たちは本気で逃げまどう羽目になった。
まぁ、煎った大豆をぶつけられたところで大して痛くはないのだが、鬼呼ばわりされながら豆をぶつけられるというのは、意外と精神的に堪える。相手が年端もいかない少女だと、尚のことである。
「鬼も楽じゃないな」
そんな俺の呟きに、千早がくすりと笑みをこぼす。
「大丈夫ですよ」
「何がだよ?」
「そんな、かわいそうな鬼さんは、私が匿って差し上げますから」
笑顔で俺を見つめてそんなこと言われたら、胸がドキドキするじゃないか。
「そ、そうか……」
取り繕うように返事して、深く息を吸いこむ。
この子は大事な担当アイドルで、まだ15歳の女の子なんだ。
そう自分に言い聞かせて、何とか落ち着きを取り戻そうとする。
えーっと、こういうときは確か素数を数えるといいんだよな。
で、素数って何だっけ?
素の数?
違う違う。1とその数以外で割り切れない数のことだろうが。
数える前からテンパっててどうするんだよ、俺。
「プロデューサー……」
千早の冷たい手が俺の手を掴む。
「千早……?」
「プロデューサーの家でも豆まきしましょうね」
「あぁ、そうだな」
「でも、掛け声は『福は内』だけでいいですよね」
「ん? そりゃまた、どうしてだ?」
「だって、プロデューサーの家には追い出すべき鬼はいませんから」
「そっか……。千早は優しいな」
そう言って、千早の頭に積もった雪をそっと払ってやる。
「その優しさがあれば、たとえ鬼がいたとしても、きっと悪さなんかしなくなるよ」
我ながらクサい台詞だとは思う。
だけど、なぜか自然にそんな言葉が口をついて出てきたのだ。
「ありがとうございます」
そう応えて頬を染める千早。
ステージ上で見せる輝きとは違う、年相応の少女の顔。
初めて出会った頃には、とても考えられなかった。
あの頃の千早はどこか肩に力が入っていて、何かに追い詰められているような、何かを追い込んでいるような、そんな切羽詰まった印象があったものだ。
それが、こんなにも豊かな表情を見せるようになった。
笑顔も増えた。
よかったな――と、素直に思う。
願わくば、この笑顔がいつまでも輝いていますように。
そう思いながら、俺は千早の小さな手をそっと握りかえしたのだった。
>如月千早SIDE
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初出:【想いを込めて】如月千早 23【バレンタイン】
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