如月千早SIDE>>

「今日は、何だかエラい目に遭ったな……」
 隣を歩くプロデューサーが、空を見上げて溜息をつく。
「ふふ。大変でしたね、プロデューサー」
 つい半時ほど前の事務所での惨状を思い出し、私は思わず笑ってしまった。
 だけど、確かにプロデューサーにとっては災難だったかもしれない。
「笑い事じゃなかったんだぜ。アイツら、ここぞとばかりに豆ぶつけてきやがって」
 プロデューサーの言う「アイツら」とは、美希、水瀬さん、そして亜美と真美のことだ。
 今日は節分だから、豆まきをしようではないか。と、社長が言い出して始まった豆まきは、鬼のお面を付けたプロデューサーやスタッフが、私たちアイドルから「鬼は外ー!」と豆をぶつけられる形で始まった。
 しかし、それだけでは終わらなかったのだ。
 床に撒かれた豆で足を滑らせて、春香が転倒。それに担当Pが巻き込まれたことをきっかけに、亜美と真美が悪乗りしはじめ、それに美希と水瀬さんが便乗して、事務所は蜂の巣を突いたような大騒ぎになってしまったのだ。
「鬼も楽じゃないな」
 と、プロデューサーがしみじみと呟く。
「大丈夫ですよ」
 そう言って、私はプロデューサーの横顔を見上げた。
「何がだよ?」
「そんな、かわいそうな鬼さんは、私が匿って差し上げますから」
 自分でも何を言ってるのだろう?と思わないでもない。
 けれど、プロデューサーには元気を出してほしかった。
「そ、そうか……」
 少し照れくさそうにするプロデューサーの腕を取って、私はそっと声を掛ける。
「プロデューサー……」
「千早……?」
「プロデューサーの家でも豆まきしましょうね」
 私がそう言うと、プロデューサーは少し不器用に微笑んだ。
「あぁ、そうだな」
「でも、掛け声は『福は内』だけでいいですよね」
「ん? そりゃまた、どうしてだ?」
「だって、プロデューサーの家には追い出すべき鬼はいませんから」
 疑問符を浮かべるプロデューサーに、私はそう答えた。
 事務所の豆まきで大量の豆をぶつけられるプロデューサーの姿が、鬼の姿とダブったから――とは、さすがに恥ずかしくて言えなかった。
「そっか……。千早は優しいな」
 そう言いながら、プロデューサーが私の頭に積もった雪を払ってくれた。
「その優しさがあれば、たとえ鬼がいたとしても、きっと悪さなんかしなくなるよ」
 プロデューサーの気遣いが嬉しくて、私は素直に感謝の気持ちを口にした。
「ありがとうございます」
 デビューしてから半年。
 私とプロデューサーとの関係も、少しずつ変わってきたと思う。
 デビュー当時は、自分のことで精一杯で、周りが見えていなかった。他の人の気持ちを思いやることができなかった。自分の物差しで全てを判断していた。
 でも、それではいけないのだと、プロデューサーが気付かせてくれた。
 そのおかげで、私はここまで歩いてこられた。
 これからも、プロデューサーと一緒に歩んでいけるだろうか。
 そんなことを考えていると、プロデューサーが私の手をそっと握りかえしてきた。
 顔を上げると、視線が合った。
 私を見守ってくれる優しい眼差し。
 それはずっと私が望んでいて、そして手に入れることを半ば諦めかけていたもの。
 今の私は、プロデューサーをはじめとする多くの人たちに支えられている。
 ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。
 これから先は、もっと険しいかもしれない。
 けれど、プロデューサーと一緒なら、どんな障害もきっと乗り越えていける。
 そう信じていますからね、プロデューサー。


プロデューサーSIDE


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初出:【想いを込めて】如月千早 23【バレンタイン】


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