「もしかしたら、その頃までにはアイドルを辞めてるかもしれないな」
そう言ってから、俺は自分の発言に自分で驚いてしまった。
だが、もっと春香はもっとびっくりしたようだった。
「それって、私がアイドルに向いてないってことですか……?」
しょんぼりした顔でそんなことを言うので、俺は慌ててフォローした。
「違う違う! そうじゃないんだ!」
「そうじゃないって、じゃあ、どういうことですか?」
「え〜っと、その、なんだ。仮定の話として聞いて欲しいんだけど、春香に好きな人ができたら、どうする?」
「好きな人、ですか……」
「そうだ。要するに、恋愛だな。好きな人ができて、お付き合いしたい。そういうことが、これから先、絶対にないとは言えないだろう?」
そう言うと、春香は小さく頷いた。
「はい」
「ま、昔と違って、アイドルに恋愛は御法度という時代でもないのかもしれないけどさ。でも、やっぱりスキャンダルになってしまうからな。そうなると、アイドルとしてのイメージにも傷がつくし」
赤信号で車を停めて、春香と目を合わせる。
「それに、春香はかわいいからな。今後、どんな素敵な出会いがあるかわからないだろ? そうなると二十歳を待たずに芸能界引退ってこともあり得るかな――なんてな。ちょっと考えすぎだよな」
そう言って笑い飛ばして、この話題は終わりにするつもりだった。
ところが――
「素敵な出会いなら、もうありましたけど……」
と、頬を染めた春香が呟いたので、俺は驚き、そして軽いパニックを味わった。
「えっ!?」
プロデューサーである俺の知らない間に、どんなイケメンとランデブー(古い)していたというんだろう。
慌てふためく俺を見つめて、春香ははにかんだような笑みを浮かべた。
「だって、こんな素敵なプロデューサーさんと出会えて、デビューできたんですもん♪」
ふーん。そうか、素敵なプロデューサーさんとね。それはまた変わった名前だな。
って、プロデューサー?!
「私、プロデューサーさんのことが――」
プップー!
後続の車からクラクションが鳴らされた。
いつの間にか信号は青に変わっている。
俺はアクセルを軽く踏み込んで、車を発進させた。
「俺のことが何だって?」
「あの、その、何でもないです……」
横目でこっそり春香の様子を窺うと、真っ赤な顔で俯いている。
どう控えめに見ても、何でもないって感じではないけど、そこに突っ込むのはさすがに野暮というものだろう。
ま、大事なことなら、きっと後で話してくれるに違いない。
そう思いながら、俺は交差点を右折したのだった。
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初出:【食べて下さい】天海春香
19個目【手作りの…エヘ】
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