「どうだろうな……」
 しばらく悩んだ末に、俺は思ったままを口にした。
「春香は、どうしたいんだ? アイドルを続けていたいと思うか?」
「そうですねぇ……。続けたい、かな。私の歌を聴いて、それで喜んでくれる人がいるのなら、アイドルを続けたい。そう思います」
「そうか」
「プロデューサーさんは、どうなんですか?」
「俺が、どうしたって?」
「プロデューサーさんは、これからもずっと私のプロデューサーさんでいてくれますか?」
 俺は今度こそ返答に詰まった。
 勿論、ずっと春香の傍にいてやりたいとは思う。春香をトップアイドルにしてやりたいし、トップアイドルになってからも春香のことを一番近くで支えてやりたい。それが偽らざる本心だ。
 だけど、社長と約束した期限がある。
 ずっと一緒にはいられない。最終的にどういう形に落ち着くにせよ、一旦は春香と別れなければならないだろう。
「……俺は、ずっと春香の傍にいたい。そう、思ってるよ」
 そう言ってから、自分でも卑怯な言い方だなと思った。
 正直に打ち明けるのでもなく、嘘を貫き通すのでもなく、曖昧にぼかして。そんなことで、春香の俺に対する信頼に応えたことになるのか?
 赤信号で車を停めて一息吐く。と、春香が俺の横顔をじっと見ていた。
「プロデューサーさん」
「なんだ?」
「えっと、……その、何でもないです」
「何でもないわけないだろ。そんな泣きそうな顔して」
「だって、プロデューサーさんにも事情があるから、言えないことだってあるってわかるから……」
 春香は勘がいいから、俺の曖昧な表現から何か裏があることを敏感に察したんだな。
「ごめんな、春香。……正直言うと、これから先もずっと春香の傍に居続けることはできないかもしれない。でも、俺は春香の一番のファンとして、春香を応援し続ける。これだけは約束する」
「プロデューサーさん……」
「だから、泣かないでくれ。虫のいいこと言ってるのはわかってる。けど、春香にはいつも明るく笑っていて欲しいんだ」
「ずるいですよ、プロデューサーさん。そんな風に言われたら、私、泣けないじゃないですか……」
 目に涙を溜めて、それでも泣くまいと歯を食いしばる春香。
 俺はハンカチを取り出して、こぼれ落ちそうな涙をそっと拭ってやる。

 プップー!

 後続の車からクラクションが鳴らされた。
 いつの間にか信号は青に変わっている。
 俺はアクセルを軽く踏み、車を発進させた。
 横目でちらりと春香の様子を窺うと、ハンカチを握りしめて、何かを堪えるように俯いている。
 もう少し気を遣ってやればよかったな。
 あとで、雑誌に載っていた、ホテルのケーキバイキングにでも連れてってやるか。


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初出:【食べて下さい】天海春香 19個目【手作りの…エヘ】


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