今日はバレンタインデー。
 というわけなので、プロデューサーさんへの日頃の感謝の気持ちを込めて、チョコレートケーキを作ってみた。
 プロデューサーさん、喜んでくれるといいんだけどな……。
 事務所のドアの前で深呼吸して息を整えて――いつも通り元気よく挨拶をする。

「おはようございます、プロデューサーさんっ」
「おはよう、春香。今日は何だかテンションが高いな」
「えへへっ。今日は、何の日だか知ってますか?」
「えっと、建国記念の日はもう過ぎたし……。何だっけ?」
「もう、しっかりしてくださいよ。2月14日といえば、バレンタインデーに決まってるじゃないですか!」
「あ、そうだったか。道理で、事務所のあちこちでプレゼントが飛び交ってるわけだ」
「そこまで気付いてるんだったら、せめてカレンダーを確認してくださいよぅ」
「そんなに、怒らなくても……」
「だって、女の子にとっては特別な日なんですよ」
「そうかもしれないけど、俺個人にはあまり縁のない日だったからさ。でも、ま、この業界に入った以上は、そういう季節感には敏感でないといかんよな。それじゃ、今日の――」

 あわわ……。このまま行くと、渡す機会を失っちゃう!

「プロデューサーさんっ!」
「ん、どうした?」
「これ、チョコレートケーキ作ってきたんです。どうぞっ!」
「……俺に? みんなへの差し入れじゃなくて?」
「だって、バレンタインデーだから。プロデューサーさんに何かプレゼントしたくて」
「そうか……。ありがとう、春香。あとでいただくよ」

 むむ。思いのほか淡泊な反応なのは、ちょっと残念かも。
 でも、プロデューサーさんは大人だから、女の子からチョコをもらったくらいで、大袈裟に喜んだりはしないんだろうな。
 あ、そうだ。言い忘れちゃいけないことがあるんだった。

「あ、あの、ひとつだけお願いがあるんですけど……」
「なんだ?」
「できれば、そのケーキなんですけど、会社では食べないで、プロデューサーさんが家に帰ってから食べてほしいんです」
「……何だかよくわからないけど、わかった。そうするよ」
「はい、お願いしますっ」
「それじゃ、今日のスケジュールを確認するぞ――」

 プロデューサーさんの声を聞きながら、私はホッと胸を撫で下ろした。
 あのチョコレートケーキを、他の誰かには見られたくなかったから。プロデューサーさんだけに食べてもらいたかったから。


■ ■ ■


「ただいま」

 と言ったところで、一人暮らしのアパートなのだから返事はない。
 もう慣れたけど、やっぱり少し寂しいと感じる時もある。
 それはそれとして、春香からもらったチョコレートケーキの箱をテーブルの上に置く。
 家に帰ってから食べてほしい、と春香が言っていたので、まだ包装を解いていない。もらったときには、それほど緊張もしなかったのだが、いざ箱を開けるとなると、何だかドキドキする。
 考えてみたら、義理チョコすらもらう機会がなかったもんな。
 そういう意味では、記念すべき一品と言える。
 普段よりも慎重な手つきで包装紙を剥がして、箱を開ける。

「あ……」

 綺麗に仕上げられたチョコレートケーキ。その表面に描かれたハートマークと、そこに添えられた短い文章に、俺は正直言って「やられたな」と思った。

『Pさん、大好き!』

 なるほど、家で食べてほしいというのも頷ける。これは、人には見せられない。
 春香が俺のことを慕ってくれるのは嬉しいことだ。けれど、だからこそプロデューサーとアイドルとして、分別を弁えた付き合いをしていかなくちゃいけないなとも思う。俺のせいで、春香がスキャンダルのネタにされるなど、有ってはならないことだからな。
 でもまぁ、せめてホワイトデーにお返しをするくらいなら許されるだろう。
 何をあげたら、春香は喜んでくれるかな。
 そんなことを思いながら食べた春香特製チョコレートケーキは、甘さを抑えた上品な味だった。
 もしかしたら、以前に俺が「チョコレートはビターに限る」なんて言っていたのを覚えていてくれたのかな。
 ありがとう、春香。


■ ■ ■


 枕元の携帯電話が鳴って、メールの着信を告げる。

「プロデューサーさんからだ……」

 こんな時間に何だろう?
 少し訝しく思いながら、携帯を操作して、メールを開く。

 ========================
 Date:200*/02/14 23:45
 From:プロデューサー
 Sub :ありがとう
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 今日もらったチョコレート
 ケーキを、さっき食べまし
 た。とても美味しかったよ。
 ホワイトデーには、ちゃん
 とお返しをしたいと思って
 いるけど、まぁ、期待しな
 いで待っていてくれ。
 それじゃ、おやすみ。
 明日もしっかり頑張ろう。
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 ケーキ、食べてくれたんだ……。
 ってことは、メールには何も書いてないけど、あのメッセージも読んでくれたってことだよね。

「うわあ……、どうしよう……」

 今頃になって、自分がやったことの大胆さを意識して、胸がドキドキし始める。
 私としては、ホワイトデーのお返しがもらえるかどうかはどうでもよかった。いや、それはもちろんプレゼントがもらえるなら嬉しいけれど、見返りが欲しくてケーキを作ったわけじゃない。
 プロデューサーさんに喜んでもらいたい。その一心で、二度の予行演習をしてまで、一生懸命に焼いたケーキ。それをプロデューサーさんが食べてくれた。おいしかったと、お礼のメールを送ってきてくれた。それだけで、私はもう十分に満ち足りた気分になれた。
 ベッドに横たわって布団をかぶりなおすと、何だか良い夢が見られそうな、そんな予感がして、私はそっと瞳を閉じた。

「おやすみなさい、プロデューサーさん……」


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初出:【リーダーって】天海春香20周目【呼んで下さいね!】


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