「はぁ〜」
 事務所の休憩室で、私は大きな溜息をついた。
 千早ちゃんも、伊織も、美希も、雪歩も、真も、あずささんも、みんな担当プロデューサーさんと仲がいい。単に仲良しってだけじゃなくて、要するに、その、恋人に限りなく近い間柄になりつつある。
 最近では、律子さんもちょっと怪しい。注意したり、突っ込みを入れたりしつつも、頬が緩んでいることに、きっと本人だけが気付いてない。
 で、私とプロデューサーさんとの仲はどうなのかというと、これが悲しいほどに相手にされてない。機会を見つけては一生懸命にアプローチしているつもりなんだけど、その度に何だかうまく躱わされている感じがして。
 プロデューサーさんの恋人になるには、私は幼すぎるんだろうか。もっと年上の女の人が好みなのかな。
 それとも、実は嫌われてる?
 仕事だから、仕方なく付き合ってるだけとか……。
 ダメダメ!
 考え出したら、どんどん悪い方向へ想像が膨らんでいっちゃう。
「はあぁ〜」
 もう一度溜息。
 やっぱり、魅力無いのかな。
 他のみんなみたく個性的だったら、プロデューサーさんも振り向いてくれるのかな。
 仕事だから、仕方なく――あ、まただ……。
 思考がループしちゃってる。
 もう、このことを考えるのはよそう。
 私はアイドル。
 応援してくれるファンのためにも、暗い顔で溜息なんかついてちゃダメだよね。
 明るく行かなきゃ!
「よしっ!」
 頬を叩いて気合いを入れ直し、カップに残っていたコーヒーを飲み干してから、勢いよく立ち上がる。
 レッスンまで、あと三十分。
 今日は早めにスタジオ入りして、体を温めよう。
 と思ったところで、休憩室のドアが開いて、プロデューサーさんが顔を覗かせた。
「春香、ちょっといいかな?」
 そう訊ねるプロデューサーさんの態度は、どこか落ち着きがないように見えた。
「いいですよ」
 と答えて、私はプロデューサーさんの後をついていく。
 プロデューサーさんは事務所の屋上に上がると、しばらく無言で空を眺めていた。
 私は黙って立っていた。
 プロデューサーさんに屋上へ連れてこられたことは、これが初めてではない。仕事とは直接関係ないけど、大事な話。これまでにプロデューサーさんと屋上でした会話は、そういう話だったと思う。今度は何だろう?
 長い沈黙の後で、プロデューサーさんはこちらを振り返った。
 そのときの台詞を、私は一生忘れないと思う。

「好きだ、春香」

 一瞬、私は何を言われたのかわからなかった。
 耳で聞き取ったプロデューサーさんの言葉を、脳が理解するまでに少しだけタイムラグがあって、そして私の膝から力が抜けた。
「ちょっ……。大丈夫か、春香?!」
 その場にへたり込んでしまった私のもとに、プロデューサーさんが駆け寄る。
「立てるか?」
「はい……」
 プロデューサーさんの腕を支えに立ち上がる。
 自分の心臓がドキドキいう音が聞こえる。
「悪い。上手い言い方が思いつかなくて……。驚かせるつもりはなかったんだ」
「私の方こそ、すみません」
 プロデューサーさんから告白されるなんて予想外だったから、色んな意味でびっくりした。
「だけど、その、私もプロデューサーさんのことが好きだから、嬉しくて……。でも、いきなりどうしたんですか?」
 そう言ってしまってから、あまりに単刀直入すぎたかも――と少し後悔したけれど、プロデューサーさんは嫌な顔ひとつしなかった。
「うん。実はな――」
 と、他のプロデューサーから私に対する態度について色々と説教されたことを話してくれた。
 確かに、担当アイドルに手を出すプロデューサー、というのは何かと問題があるとは思う。そういう意味で、プロデューサーさんは正しい。けど、やっぱり一人の女の子としては、好きな人に振り向いてほしいわけで。
「みんなからは色々言われたけど、俺としては、春香がアイドルをしている間は、そういう恋人同士の付き合いをするつもりはない。そこのところは譲れない。俺のプライドみたいなものなんだ」
「はい……」
「でもな、それは決して春香が嫌いだからじゃない。むしろ逆だ。春香のことが好きだから。アイドルとして輝いていてほしいからなんだ」
 私のことが好きだから……。
 その言葉が、耳の奥でやけに大きく響いた。
「もしも、春香と恋人として付き合い始めたとしたら、俺は冷静にプロデュースを続ける自信がない。春香のことを独占してしまいたくなるだろうし、恋人としての贔屓目から客観的な視点を失うと思う。それでは、プロデュースはできない。だから、今、春香とは付き合えない。それは春香の意に沿わないことかもしれないが、わかってほしいんだ」
「……でも、今じゃなかったら、付き合ってくれるんですか? 私が……私が、もしアイドルを辞めたら」
「そうだな……。もし、その日が来たら、また話をしよう。でも、今すぐアイドル辞めますってのは無しだからな」
「どうしてですか?」
「春香は、もっとビッグで、スーパーなアイドルになる。そう信じてるからだ」
 ずるいなぁ、プロデューサーさんは。
「そんなこと言われたら、辞めます、なんて言えないじゃないですか……」
「春香と違って、ずるい大人だからな。俺は。……嫌いになったか?」
 プロデューサーさんの言葉に、私はゆっくりと首を振った。
「私のことを信じてくれる。そんな人を嫌いになるわけ、なれるわけないじゃないですか」
「……ありがとう、春香」
「お礼を言うのは、私の方です。これからもよろしくお願いしますね、プロデューサーさん」
「あぁ、よろしくな」
 そう言って、私とプロデューサーさんは固く握手を交わした。

 もう迷わない。

 プロデューサーさんと一緒なら、きっとどんな困難も乗り越えられる。
 そして、その果てにある幸せを掴むことができる。
 そう信じているから……。


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元ネタ:千早スレ22-597
春香以外のP達がことごとくカップル成立

それを見て春香P必死の訴え「え!?ちょっと待ってよおかしいよ!アイドルに手ぇ出しちゃマズいでしょ常考」

周りのP達「バカヤロー!そんなだからお前はなぁ…クドクド」 フルボッコ説教に突入

説教の甲斐あって春香P改心、カップル成立

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初出:【リーダーって】天海春香20周目【呼んで下さいね!】


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