「喜べ、春香!」
「はい?」
「明日から一週間オフにしておいたからな」
「え……」
「ここのところ、土日関係なく仕事を詰め込んでいたからな。この辺でゆっくり休んで、英気を養ってくれ」
「は、はいっ……」
てな感じの会話があったのが、四日前の午後。
確かに、お休みがもらえるのは嬉しい。
特に、ここ二ヶ月くらいは、学校、レッスン、お仕事、学校、レッスン、お仕事の繰り返しが続いていて、休む暇なんて全くなかったから。
だから、本当なら嬉しくてたまらないはずのオフなんだけど、何か物足りなく思えるのは、どうしてなんだろう?
ベッドに寝転がって天井を見上げたって、答えがわかるはずもない。
机に手を伸ばして携帯電話を取る。
ゲームでもやって暇を潰そうか。
そう思って携帯を開いて、待ち受け画面に設定したプロデューサーさんの写真を見た瞬間、私は物足りなさの理由に気がついた。
「そうか……」
プロデューサーさんに会えないからだ。
そうとわかった途端、何だか無性にプロデューサーさんに会いたくなってきた。
顔が見たい。声を聞きたい。で、できれば、触れ合いたい。って、キャー!
コホン……。
でも、今日の予定はどうなってるんだろう。
仕事だっけ? それとも、オフ?
オフだったら事務所に行っても会えないし、仕事だったとしても、ずっと事務所にいるとは限らないよね。
電話して訊く?
でも、休みの日に暇を持て余していたら、寂しい子だと思われるかな。
それは何だか嫌だなぁ。
「あーもーっ、プロデューサーさん分がたーりーなーいーっ」
ベッドに転がって、手足をばたつかせてみる。
だからといって、何が変わるわけでもない。
「……悩んでたって仕方ない。行動あるのみ、だよね!」
クローゼットを開けて外出用の服を引っ張り出し、部屋着を脱いで、着替えを済ませる。
マフラーを締めて、コートを羽織る。
「よしっ」
これで戦闘準備完了。
さぁ行くぞと勢い込んでドアを開けたところで、お母さんと鉢合わせ。
「あら、どこか出掛けるの?」
「事務所に行ってくる」
「今日はお休みじゃなかった?」
「そうなんだけど、ちょっと用事を思い出したから」
「あら、そう。気を付けて行ってくるのよ」
「うん。それじゃ、行ってきます〜」
お気に入りのブーツを履いて、私は意気揚々と家を出た。
自宅の最寄り駅から電車に乗って、約二時間。
私は、765プロダクションの入居しているビルの前に立っていた。
「どうしよう。何て声かけたらいいのかな。ていうか、プロデューサーさんがいなかったときのほうが、むしろ問題だよね」
私が事務所に入るのを躊躇っていると、背後からポンと肩を叩かれた。
「春香、こんなところで何をしているの?」
そう声を掛けてきたのは、同じ事務所に所属するアイドルの如月千早ちゃんだった。
地獄で仏とは、まさにこういうことを言うんだろう。
「千早ちゃん!」
「な、なに?!」
「今日って、プロデューサーさん、来てた?」
「春香のプロデューサーなら、中にいるはずよ。たしか、新しい仕事の依頼が――」
千早ちゃんの話を最後まで聞かずに、私は事務所のドアを開けた。
「おはようございます!」
「おはよう、春香。……って、オフなのに、どうしてここにいるんだ?」
プロデューサーさんの疑問はもっともだと思う。
けど、まさか「プロデューサーさんに会いたくて」とは言えないよね。
「えへへ、ちょっと近くまで来たから、顔出して行こうかなーって」
「そうだったのか。……そうだ! 休みなのに悪いんだけど、ちょっとミーティングいけるかな?」
「いいですけど」
「実は、ミニライブの企画があるんだけど、衣装をどうするかで迷っていてさ。春香の意見も聞けたらなーって思ってたところだったんだよ。いやー、ちょうどよかった」
生き生きと仕事をしているプロデューサーさんを見てると、それだけで何だか嬉しくなる。
「何だかよくわからないですけど、プロデューサーさんのお役に立てるなら嬉しいです」
「泣かせること言ってくれるじゃないか。それじゃ、先に会議室に行っておいてくれないか。すぐに資料を持って行くから」
「わかりました」
何だろう、この満ち足りた気持ちは。
家にいたときに感じていた物足りなさが、すっかり解消されている。
やっぱり、プロデューサーさんと一緒にお仕事しているのが一番楽しいな。
これからもずっと一緒にお仕事できたらいいな。
そんなことを考えながら会議室のドアを開けた私が、段差につまずいて転びそうになったことは、プロデューサーさんには内緒にしておいてくださいねっ
(>_<)
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元ネタ:スレ20-132
一週間くらいの休みをもらったはいいけどPにも会えなくて、
「あープロデューサーさん分がたーりーなーいー」
と自宅のベッドでごろごろする春香が浮かんだ
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初出:【リーダーって】天海春香20周目【呼んで下さいね!】
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