「プロデューサーさん! クッキー焼いてきたんです。お茶にしませんか?」
「お。気が利くねぇ、春香。それじゃ、休k――」
 と、プロデューサーが言い終える前に、携帯電話が着信音を響かせる。

 PiPiPiPiPi……

「はい――」
『ぷ、プロデューサー、助けてください〜!』
「どうした、雪歩?」
『そのぅ……、道の真ん中に犬がいて、事務所へ戻れないんです……』
「何だって? 今、どこにいるんだ?」
『角のコンビニのところなんですけど……』
「それじゃ、近くまでは来てるんだな。すぐに行くから、待ってろ。くれぐれも穴掘って埋まったりしないようにな」
『はい、お待ちしてます。早く来てくださいね』
「わかった。それじゃ、切るぞ。――春香!」
「何ですか、プロデューサーさん?」
「ちょっと雪歩を迎えにいってくる。すぐに戻るから、休憩室に人数分のお茶の用意をしておいてくれないか?」
「わかりました。任せておいてください」
「じゃあ、行ってくる」
 と、そのまま飛び出そうとするプロデューサーを、私は慌てて呼び止めた。
「ちょっと待ってください、プロデューサー!」
「どうした、千早?」
「すぐ近くとはいえ、外は寒いです。ちゃんと上着を着ていってください」
 コートハンガーからプロデューサーのコートを取って、彼に手渡す。
「プロデューサーの体は、プロデューサーひとりのものではないのですから、もっとご自愛していただかないと困ります」
「ありがとうな、千早」
 コートに袖を通してから、プロデューサーが私の頭をそっと撫でてくれた。
「あ……」
 思わず頬が熱くなり、慌てて手で押さえる。
「それじゃ、行ってくるよ」
 ドアを開けて出て行くプロデューサーの背中を見送って、私は溜息をつく。
 ここ最近、プロデューサーに優しくされるたびに、彼のことを独り占めしたいという衝動に駆られそうになる。
 だけど、プロデューサーは私一人のプロデューサーではない。
 私の他に、春香や萩原さん、高槻さんといった複数のアイドルを抱えて、毎日を忙しく過ごしている。
 今度は、事務所の新人アイドルである星井美希のプロデュースも手掛けるらしい。
 そうなると、私がプロデューサーと過ごす時間は、ますます短くなるだろう。
 もし、プロデューサーが私一人を担当してくれたとしたら、もっと多くの時間をレッスンに費やすことができ、更なる高みを目指す上で大きな力を得ることができるのに。そう思ったことは、一度や二度ではない。
 けれど、その望みがどれほど浅ましく、自己中心的かということも、理解しているつもりだ。
 私がプロデューサーを独占すれば、当然のことながら他のアイドルのプロデュース活動は滞り、ひいては765プロダクションの経営にも影響を及ぼすだろう。それでは、本末転倒だ。
 それにしても、ほんの数ヶ月ほど前まで、他人のことをここまで気に掛ける日が来るなんて、予想だにしなかった。
 それだけ、プロデューサーの存在が、私にとって大きなものであるということなんだろうと思う。
 でも、私だけがそう思っているのではない。春香にとっても、萩原さんにとっても、プロデューサーは掛け替えのない存在なのだ。
 だから、独り占めなんてできるわけがなくて。
 プロデューサーへの思いは言葉にできず、ただ募っていくだけで。
 これから先も、ずっとこんな気持ちを抱えていかなくてはいけないのだろうか?
 そんなことを思って、また溜息をついてしまう私だった。


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初出:【想いを込めて】如月千早 23【バレンタイン】


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