「プロデューサーがお見合いっ!?」
「千早ちゃん、声が大きいわよ……」
「す、すみません」
 音無さんにたしなめられて、私は慌てて口を塞ぐ。
 用心深く周囲を窺ってから、私は小声で音無さんに話しかけた。
「プロデューサーがお見合いって、どういうことですか?」
「社長がね、話を持って来たのよ。そろそろ身を固めてみてはどうかね、って」
「それで、プロデューサーは?」
「社長からの話じゃ、断るわけにもいかないでしょう。今度の日曜に、お見合いに行くらしいわ」
「……プロデューサー、結婚してしまうのでしょうか」
「そんなの、わからないわよ」と言って、音無さんは肩をすくめた。
「お見合いしたからといって、その相手と結婚するとは限らないもの」
「でも、相手がいい人だったら――」
「相手がいい人かどうかなんて、それこそ会ってみないとわからないわよ」
 音無さんはそう言うと、湯呑に残っていたお茶をぐいと飲み干した。
「それ以上のことは、直接プロデューサーさんに訊いてみた方がいいんじゃないかしら? 私が訊いた時には適当にはぐらかされちゃったけど、千早ちゃんが訊けば何か教えてくれるかも」
 器用にウィンクをしてみせると、私の返事を待つことなく、音無さんは休憩室を出ていった。
 休憩室に一人残された私は、しばらく茫然と座っていることしかできなかった。


* * *


 帰宅してからも、音無さんから聞いたプロデューサーのお見合い話の件が頭から離れなかった。
 なぜだろう?
 どうして、プロデューサーのことが、こんなにも気にかかるのだろう?
 別にプロデューサーが誰とお見合いして、誰と結婚しようが、私には関係ないではないか。
 それになのに、どうしてあんなに動揺したのだろう?
 本当にどうでもいいと、私には関係ないと、そう思っていたのなら、普通に聞き流せたはずではないか。
 それなのに、なぜ……?
 私は、もやもやとした気持ちを抱えたまま眠りにつき、そして案の定、熟睡できずに朝を迎えることになったのだった。


* * *


「今日は、どうしたんだ?」
 レッスンスタジオで、プロデューサーが不思議そうな顔で私を見ている。
 それもそのはずだ。
 さっきから、私はダンスレッスンでミスを連発していた。普段なら難なくこなせるはずのステップがうまく踏めなかった。
「明らかに集中できてないみたいだけど、何かあったのか?」
 不甲斐無い私を責めるでもなく、プロデューサーは優しく私に声を掛けてくれる。
「悩みがあったら相談に乗るぞ。俺なんかで力になれるかどうかわかんないけど、話をするだけでも違うってこともあるしな」
 いつもなら、何ともありません、大丈夫です――と、強気に言って立ち上がるところだ。
 けれど、今日はプロデューサーの好意に甘えてみようかな、という気持ちになって、私は昨日から気になっていたことを訊ねてみることにした。
「プロデューサーは、結婚してしまうのですか?」
「は……?」
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、プロデューサーが静止する。
「昨日、音無さんから、プロデューサーがお見合いをすると聞いて――」
「あぁ、その話か。別に結婚するわけじゃないよ。社長がどうしてもっていうから、断るわけにもいかないと思って。ま、一種の付き合いみたいなもんだな」
「でも、相手の方がいい人だったら、結婚してしまうかもしれないんでしょう?」
 そう勢い込んで訊ねてから、どうしてこんなにもプロデューサーのお見合い話が気になるのか、その理由がやっとわかった。
 デビューしてから、ずっとプロデューサーと二人三脚でやってきた。初めの頃は、その能力を疑っていたこともあった。けれど、力を合わせて、ひとつひとつステップアップしてきた。
 最近では、プロデューサーの隣が私の居場所なんだ。そう思えるまでになっていたのだ。
 ところが、プロデューサーがお見合いするという話を聞いて、その立ち位置を見知らぬ誰かに奪われるような気がして、それでこんなにも心乱れているのだと気づいた。
 と同時に、そんな浅ましい独占欲を抱いている自分が何だかイヤになってくる。
 けれど、私の問いに答えるプロデューサーはあくまでも優しかった。
「大丈夫だよ。まだ、しばらくは結婚することなんて考えてないさ」
 そう言ってから、プロデューサーは私の頭をそっと撫でてくれた。
「それに、こんなにも悲しそうな顔している千早を置いて、結婚なんかできないよ」
 プロデューサーの言葉で私は胸が一杯になって、そして込み上げる感情を抑えることができずに泣いた。
「ぷ、プロデューサー……」
「おいおい。何も泣くことないだろうが」
「だって、プロデューサーが、どこか、遠いところへ行ってしまう気がして……」
「大丈夫だって。千早が必要としてくれる限りは、どこへも行くつもりはないよ」
「ほ、本当ですか?!」
「本当だよ」
 その一言で、私は胸のつかえが取れたような気がした。
 気合いを入れ、勢いよく立ち上がる。
「プロデューサー、レッスンの続きをお願いします!」
「元気、出てきたみたいだな。……よし、行くぞ」
 再び流れる音楽に合わせて、ステップを踏む。
 今度は全てパーフェクトに決まった。
 我ながら現金だとは思う。
 けれど、魚が水を必要とするように、私にはプロデューサーが必要なのだ。
 そして、プロデューサーが傍にいてくれる限り、私はもっと大きな空へと羽ばたいていける。

 そう信じていてもいいですよね、プロデューサー。


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元ネタ:スレ22-655
高木「どうかね君もそろそろ身を固めてみては・」
P「ん?何ですかこの写真・・ええええ!!お見合いですか!!」
小鳥「・・・(これは、ただならぬ展開に!!!)」
律子「・・・(盗み聞きですか)」

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初出:【貴方が開く】如月千早22【心の扉】


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