「おかえりなさい、プロデューサー」
 疲れて帰ってきた俺に、千早の笑顔が眩しい。
「ただいま、千早……って言うのも、何だか照れくさいな」
「そうですか?」
「だって、何だか新婚さんみたいじゃないか」
「ふふ。……それじゃあ、ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも、私?」
「え、ええっ?!」


1>ご飯にする
2>お風呂にする
3>千早にする


1>ご飯にする

「ご飯にしよう。お腹も減ってるしな」
「すぐに用意しますね」
 俺がスーツから普段着に着替えている間に、ダイニングテーブルでは寄せ鍋の用意が出来上がっていた。
「今日は、鍋かぁ」
「寒い日が続きますから、体が温まるものがいいと思って」
「いいねぇ。やっぱり冬は鍋だよな」
「お野菜もたくさん摂れてヘルシーですし」
「でも、何より嬉しいのは、千早と二人で鍋を囲めるってとこだな」
「え?」
「一人で鍋やっても、何だか空しくてさ」
「それは、何となくわかる気がします」
「じゃ、さっそく食べようか」
「そうですね」
 鍋から立ち上る湯気。その向こう側でにっこりと微笑む千早。
 その表情がいつまでも輝いていますように――なんてことを思いながら、俺は千早と一緒に鍋料理に舌鼓を打ったのだった。


2>お風呂にする

「そうだな。先にお風呂にするよ」
「わかりました。その間に夕飯の用意をしておきますね」
「いつも悪いな」
「いいんです。好きでしていることですから」
「でも、ありがとうな」
 夕食の用意を千早に任せて、風呂に入る。
 シャワーを浴びて、体を洗おうかというところで、浴室の扉がノックされた。
「ん?」
「プロデューサー、よろしいですか?」
「どうした、千早? 何かあったのか?」
「いえ。もしよかったら、背中を流してさしあげようと思って」
 そう言うが早いか、浴室の扉が開かれた。
「ちょっ! な、何考えてんだ、千早っ!!」
「だって、少しでもプロデューサーに喜んでいただきたくて……」
「あ、あのなぁ……。俺は千早が料理をつくりに来てくれるだけで、十分すぎるくらいに嬉しいし、感謝してるから。その上、背中まで流してもらうなんてのは、幾ら何でもサービス過剰というか何というかであってだな」
「す、すみません……。ちょっと調子に乗りすぎましたね。新婚生活のシミュレーションになるかと思ったんですけど」
「……小鳥さんあたりに、変な入れ知恵されなかったか?」
「!!」
「図星かよ……」
「ご、ごめんなさい」
「いいんだ。千早は悪くないよ。ありがとうな」
 タオルで手を拭いて千早の髪を撫でてやると、少し硬くなっていた千早の表情が緩んで、俺も何だかホッとした気持ちになる。
「それじゃ、夕飯の用意して待ってますね」
 扉を閉めて、千早が立ち去る。
 あぁ、何だか無性に千早と一緒に飯が食いたくなってきた。
 さっさと体を洗ってしまおう。


3>千早にする

「それじゃ、千早にするよ」
「え……」
 鳩が豆鉄砲を食ったよう顔で、千早が俺を見上げる。
「そんなに驚くことないだろ?」
「でも、あの、本当に私でいいんですか?」
「うん。千早がいてくれれば、それでいいや」
「それって……」
「でも、いつかは千早もお嫁に行ってしまうんだろうな。そうなると、千早に料理を作ってもらったりできなくなるのかと思うと、やっぱり寂しいよな」
 そう言うと、千早が突然抱きついてきた。
「千早?」
「私、他の人のお嫁さんになんかなるつもりはありません」
「へ……? じゃあ、何か? 一生独身で通すつもりか?」
「プロデューサーこそ、どうなんですか? 結婚する予定はあるんですか?」
「無いよ。アテもないし、今はそれどころじゃないしな。そんなことより、千早をトップアイドルに育て上げることの方が大事だからな」
「……それじゃあ、私を置いて、どこかへ行ってしまったりしないんですね?」
「しないって。むしろ、俺の方が千早に見限られるんじゃないかとビビってるくらいなんだぜ? 千早の才能を伸ばす方向で、きちんとプロデュースできているのかな――って、時々不安になることもあるんだ」
「プロデューサー……」
「ごめん。こんなこと、千早の前でする話じゃなかったよな」
「いえ、いいんです。でも、これだけはハッキリ言っておきます。私はプロデューサーがいてくれるから頑張れるんです。プロデューサーじゃないとダメなんです。プロデューサー自身が思っておられるよりずっと、私はプロデューサーのこと信頼しているんです。だから……、だから、そんな寂しいこと、仰らないでください……」
「千早……」
 涙声で訴える千早に、俺は胸が締め付けられるような思いがした。
 と同時に、千早が寄せてくれる信頼にもっと応えられるようになろう、と決意を新たにする。
「ずっと私の傍にいてください。そう願うことは、いけないことですか?」
 だから、そう問い掛けてきた千早に返す言葉は決まっていた。
「いや……。千早が望んでくれるのなら、俺はずっと千早の傍にいるよ。どこにも行かないさ」
「プロデューサー……、約束ですよ?」
「あぁ、約束だ」
 そう言って、俺と千早はそっと小指を絡めた。


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初出:【もっとあなたを】如月千早 20【好きになる】


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