買い物を終えて事務所に戻ってきた私は、ドアを開けようとして、室内に何者かの気配を感じた。
 漏れ聞こえる会話に耳をそばだててみたところ、どうやら営業から帰ってきた千早ちゃんとプロデューサーさんらしい。
 二人で何事か話しこんでいるようなので、私がいきなり入っていって水を差すのも悪いかと思い、しばらくドアの前で聞き耳を立てて様子を窺うことにした。まぁ、あの二人がどんな話をするのか、興味があったというのもあるのだけれど。
 でも、なんだか様子がおかしい。

「あの、プロデューサー?」
「遠慮するなってば」
「でも、私、男の人に触られるのは慣れてなくて」
「千早くらいの年だとそうかもな。あ、これは……」
「ああっ」

 ドア越しでもハッキリとわかる、千早ちゃんの嬌声。
 プロデューサーさんってば、千早ちゃんに何をやっているというの……?

「何も、こんなになるまで我慢することないだろ」
「でも……」
「いい機会だから、ちゃんとほぐしておかないとな」
「……はい」
「千早のそういう素直なところ、俺は好きかな」
「プロデューサー……」

 事務所に誰もいないのをいいことに、白昼堂々と睦言を交わしている?
 だけど、なんだかそれだけでは済んでいないような。
 ま、まさか、もしかして、二人は越えてはならない一線を踏み越えようとしているんじゃ……。

「ここは、どう?」
「あまり強くしすぎないでください。ちょっと、痛いです」
「む。もう少し優しくした方がいいか……」
「ああっ……。そこ、気持ちいいです、プロデューサー」
「じゃあ、このまま続けるぞ」
「はい、お願いします」

 ちょ、ちょっと!?
 プロデューサーさんと千早ちゃんが「良い仲」なのは、事務所内の公然の秘密ではあるけれど、でも、ドアの向こうで進行中の事態は、おそらく黙認していてよい状況ではないはず。
 不肖・音無小鳥、2X歳。社長不在の今、この私が身を呈してでもアイドルを不祥事から守らなければ! でなければ、一体全体、他の誰が守ってくれるというの!
 それに、プロデューサーさんが千早ちゃんに不埒な真似をしているのなら、あとで社長に報告する時のためにも、証拠をきちんと押さえておく必要もあるわね!
 私は自らを奮い立たせると、ノブに手を掛けてドアを開け、一気に室内に踏み込んだ。
 携帯電話のカメラをオンにして、シャッターボタンを押下するのも忘れない。

「二人とも、昼間から何をやっているんですか――」

 しかし、私の目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。
 ソファに腰掛ける千早ちゃんと、千早ちゃんの肩揉みをしているプロデューサーさん。

「――って、あれ?」

 スキャンダラス・マーメイドな展開を期待――もとい懸念していた私は、何とも和やかなツーショットに拍子抜けしてしまった。

「あ、おかえりなさい。音無さん」
「おかえりなさい、小鳥さん。……どうしたんですか、いきなり大声出して」

 プロデューサーさんの疑問はもっともだと思うけど、今の私にははぐらかすことしかできない。

「いえ、何でもないんです。えっと、勘違い、かな?」
「そうなんですか。いや、僕はてっきり小鳥さんお得意の妄想が現実と混濁したのかなと思って」
「う。鋭いですね」

 プロデューサーさんの思い込みを逆手に取って、苦笑いでその場を取り繕う。
 ていうか、むしろ全然取り繕えてない気もするんだけど、そこは追及しない。

「あれだけ大きな声を出されるなんて、余程すごい妄想だったんですね」

 千早ちゃんの感心したような声が心に刺さる。
 違うの、そうじゃないのよ、千早ちゃん。
 溜息と共にMS-D○Sマシンに向き合う私の背後で、千早ちゃんが小さく声を上げた。

「あっ。そこ、気持ちいいです」
「しかし、思いのほか肩が凝ってるなぁ。レッスンも大事だけど、ボディケアのことももっと考えないといけないかな」
「いえ、私は、その、プロデューサーに肩を揉んでもらえるだけで十分ですから」
「そ、そうか?」
「はい……」

 それにしても、この徒労感は何なのだろう?
 釈然としない思いを抱えたまま、私はスクリーンセーバーを解除した。


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初出:【もっとあなたを】如月千早 20【好きになる】


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