ラストコンサートから三ヶ月が過ぎ、季節はもう冬。
プロデューサーと二人で師走の街を歩きながら、これまでの経緯を思い出す。
夏の終わりにプロデューサーから活動停止を告げられた時は、目の前が真っ暗になったような気がした。せっかく信頼できるプロデューサーと巡り会えたのに、別れなければいけない。それが事務所の方針だとしても、私にはとても受け容れられるものではなかった。
ラストコンサート後に私は社長に直訴した。プロデューサーと共にアイドル活動を続けていきたい旨を訴え、他のプロデューサーではダメなのだということを蕩々と説明した。
最終的に私の主張は聞き入れられ、今は活動再開に向けた準備を進めているところだ。
けれど、その交換条件としてプロデューサーは私以外のアイドルのプロデュースも担当することになり、以前よりもずっと多忙になってしまった。その点だけは、ちょっと申し訳なく思っている。
デビューした時には思いもよらなかったことだけど、今ではプロデューサーなしの生活など想像することすらできない。
人生とは万事塞翁が馬。本当に何が起きるかわからないものだ、と実感する。
隘路に嵌りこんでいた私が、こうして自分の足で歩けるようになった。かつては拒んでいた変化を受け容れ、仕事の幅が増えてきた。それもこれも、プロデューサーがいてくれたからだ。
自分が変わっていくことを心地よいと思えるようになる日が来るなんて、想像も出来なかった。
ふと足を止め、鮮やかなイルミネーションに彩られた街路樹を見上げる。
これも、以前の私にとっては電気代の無駄遣いとしか思えず、何の感慨も湧かなかったもののひとつだ。
何故わざわざ手間をかけて木々を飾り付け、そこに集うのか。私には理解できなかった。
だけど、今なら――何となくではあるけれども――そうしたくなる気持ちがわかるような気がする。
明確に言葉で表現することはできないけど、ああ綺麗だな、と感じている自分がいる。
きっと、それでいいのだと思う。
傍らに立つプロデューサーも同じような気持ちだろうか?と思って、首を巡らせる。
と、どういうわけか、私と目があった途端、プロデューサーはひどく狼狽した表情を浮かべた。
「……?」
何だろう?
何をそんなに慌てているのだろう?
「どうしたのですか、プロデューサー?」
「いや、何でもないんだ」
と口では言うものの、明らかに様子がおかしい。
「どう控え目に見ても、何でもない、という顔ではありませんでしたよ」
そう指摘すると、プロデューサーは大きなため息をついて、私の顔を見つめた。
「……千早、怒るなよ?」
「何も聞かないうちから『怒るな』と言われても、お約束は致しかねます」
「そりゃ、そうか。……実は、その、千早に見とれていた」
「…………」
何と恥ずかしいことを言う人だろうか。
でも、好きな人に見つめられるのは気分の悪いものではない。
むしろ嬉しい。
「イルミネーションを見上げる千早の横顔があまりに綺麗でさ。まるで妖精みたいというか何というか。実は、雪の精霊か何かで、放っておくと消えてしまうんじゃないかって気がしてさ。このまま千早を連れてどこかへ行きたいというか、そんな妙な気分になったところで、タイミングよく振り向くもんだからびっくりしちゃってさ。あぁ、何言ってるんだろうな、俺……」
「意外とロマンチストなんですね、プロデューサーって」
「お前、俺のこと莫迦にしてないか?」
「まさか」
突っ慳貪に返したつもりだけど、でも頬が緩むのは抑えられない。
「なんで笑うんだよ……」
「だって、嬉しいんです」
「へ……?」
「プロデューサーが、私のことを、そういう風に見ててくれてたってわかって」
「そ、そうか?」
「プロデューサーにとって、私は単なる担当アイドルの一人に過ぎないのかもしれません。けど、私にとっては、プロデューサーはただのプロデューサーではありませんから」
「俺だってそうだよ。千早のことを単なる仕事上のパートナーだと思って、今まで接してきたわけじゃない。プロデューサーとして、本当はいけないことなのかもしれないけどな」
「それって……」
「これを受けとってくれないか、千早」
そう言いながら彼が差し出したのは、綺麗にラッピングされた小さな箱だった。
「もしかして……」
「たぶん、千早が想像してくれている通りだと思う。ホントは、もっと、こう、雰囲気のあるところで渡せればよかったんだろうけどさ」
冗談めかして話す彼の声は、ほんの微かに震えていた。
プロデューサーが私相手に緊張しているのだとわかって、胸がじんわりと熱くなった。
「ありがとうございます、プロデューサー」
私からのせめてもの感謝の気持ちをこめて、プロデューサーの頬に口づける。
「ち、千早っ?!」
「お礼です。……イヤでしたか?」
「そ、そんなことない! ……その、なんだな。これから先、いろんなことがあると思うけど、二人で力を合わせて乗り越えていこうな!」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、プロデューサー!」
きっと今夜は楽しい夜になる。そんな予感……。
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初出:【忘れてませんか?】 如月千早19 【55・78】
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